プロ野球選手のその後 田尾安志

元プロ野球選手 田尾安志
2010 / 03 / 18 ( Thu ) 08 : 00       【New】ゴルゴkageショッピング
田尾安志



田尾安志(たおやすし、1954年生まれ)大阪出身 泉尾高校から同志社へ進み1976年ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団、その後、西武ライオンズ、阪神と渡り1991年に現役を引退。
引退後はニュースキャスターをやり2005年には楽天イーグルスの監督に就任。翌年は解雇され、現在は解説者やタレント活動をしてる。現在は石田純一が所属するスカイコーポレーションに属してる。

田尾はあの世界のイチローが憧れた選手としても有名だが、特に昭和57年度の中日がセ・リーグ優勝したときは特攻隊長として首位打者まだ後少し・・・・というところで当時大洋の長崎にわずかの差で負けてしまった。

当時、大洋と中日が最終戦、これに勝てば優勝という場面、大洋の長崎は打率を温存するためにスタメンから外されていたが、田尾はフル出場してました。そこで大洋の関根監督は田尾に対して全打席フォアボールの策をとった!


あれは、子供のながら「なんて卑怯なんだ!」と思って見てた。
だが、田尾は何打席目か忘れたけど、、あえて敬遠ボールを無気力で空振りしたのだ!!
そして次のボールも大空振りwww 相手を冷たい目で見てたと思う。

当時ファンはその態度に憤慨してたと思うが、僕は「勝負しないほうが悪いんだ」と思う。
普段はとても爽やかな笑顔を見せて思いっきり野球を楽しんでる感じを受けたが
田尾なりの抗議はとても愉快だった。
ただ、松井秀喜の5打席連続フォアボールのときは松井は我慢して耐えてたけどねww

色々と調べて行くとこの田尾という男はとても癖があるようです。
まず、経歴を見てもわかるが高校は普通の公立高校だ。野球の才能は当時からあったのだが
エリート高校への進学は拒否して部員わずか5人からのスタートで大阪予選ベスト4までいってる。



そして、中日では選手会長を務めフロントともめて西武へ放出された。
西武でも同じように上層部ともめて阪神へ更に阪神でも監督ともめた。
楽天でも三木谷社長ともめたようだ。


爽やかイケメンとは裏腹に彼は自分を出しまくって周りともめてきてる。
だが、それは全て自分の格上の相手に対してだから立派だと思う。

彼は常に上を見て倒してやろうという闘争心があるのだろうか?
あのときの敬遠を空振りしたときもピッチャーや大洋の長崎ではなく
策を出した相手ベンチの関根監督に向かっての抗議だったのかもしれない。

でも、こういう奴はとても貴重だと思います。自分を持ってる証拠だろう。
今までは爽やかな印象が強かった田尾ですが、今後の動きに注目したい人物の一人です。


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