プロ野球選手のその後 藤王康晴(元中日)

藤王康晴(元中日→日ハム)
2007 / 07 / 10 ( Tue ) 05 : 25       【New】ゴルゴkageショッピング
この前、唐突も無く知人が握手を求めてきた。。「いや〜最近、藤王康晴が甲子園で放ったホームランをもう一度見たくなってさー」

おー!藤王ねー懐かしいわ。。


藤王康晴

享栄高等学校のスラッガーとして第55回春の選抜高等学校野球大会で活躍し、
11打席連続出塁の大会新記録。8連続安打、通算20塁打、1試合2本塁打、大会通算3本塁打など、個人の大会タイ記録を次々と生んだ。
1983年のドラフト会議で地元の中日ドラゴンズ第1位指名で入団。


バックスイング・フォロースローとも大きく取る、今の福留孝介のようなタイプの左打ちの長距離ヒッターで活躍が期待された。
(wikipediaより抜粋)




甲子園では、片手でライトスタンドまで運んだという伝説あり!(スーパー列伝より)
このスーパー列伝を読んで改めて藤王の存在を確認できた。


清原、松井、、福留、、、その後、甲子園で怪物と呼ばれた選手が出てプロで活躍したが、
藤王もプロ野球の歴史に刻まれるはずだった。そうあるべき選手である。

中日へ入団、いきなり背番号1をもらう。プロでは活躍が約束されたが、、
何故か活躍できず、その後、ゼロからの出発という意味で背番号0に変更。。






一度、巨人戦だったか。。。ツーアウト満塁で藤王が代打で出た。そのとき、恥を覚悟でとにかく
塁に出ようとデットボールを猛烈にアピールしたが審判に認められず結果は、三振してしまった・・・

日ハムへ移籍(当時、中日の小松崎と藤王だったが、小松崎のほうが記事に取り上げられてた。。)

移籍後、一軍に定着した時期もあったが、藤王が9年間のプロとしての現役生活で残した、これが全成績である。

出場試合 237  安打数  92  本塁打  10  打点  37  通算打率  .220

期待された選手、本人もそう思ってたに違いない。。
プロは厳しい世界。。同時にどんな人が活躍するのかわからないのも事実だ。

プロを退団後、地元の繊維関係の会社を経営(嫁の実家を継いだという噂あり・・・)
コンビニで店員ともめたらしく、ちょっと新聞に取り上げられた。(マスコミは暴力事件だとか変なふうに取り上げてたが実際はたいした事ない)

現在は、佐川急便でサラリーマンをして普通の生活を送ってる。(営業成績がかなり良いらしいぞ)



藤王!たのむ!サインくれ!!

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プロ野球選手のその後:中山(元大洋)
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